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哲学的、死のとらえかた

2020/10/13 哲学的、死のとらえかた

はい こんにちは

みなさん たましい磨いていますか?

経験値ためて 直感上がってますか?

 

ふさしぶりのお日様、そしてうっすら汗ばむほど暑い!!

体調整えましょうね。

 

 


 

生まれ、生きている限り、いつかくる「死」について考えることはあるでしょう。

ユウさんも倫理を考えるにあたって、やっぱり哲学では「死」をどう取り上げ、扱うかは考えなければならないので、今それに取り組んでいるところのようです。

 

私たちは生きている状態で、死を経験することはありません。

よく冗談で「死んだらどうなるんでしょうか」と聞かれて、「死んだことがないから、わからない」なんて言ったりしますが、まさにそれ。

 

死の感覚には

一人称の死(自分が死ぬこと)

二人称の死(相対する人の死)

があります

 

生きて私たちが知ることができるのは、二人称の死しかありません。

現代では死は病院に押し込められる形で、普段目にすることはほとんどありません。

ユウさんももちろん、お葬式で死体は見たことがあっても、誰かが死にゆくところを経験した事がありませんから私と話しながら想像して、考えを深めようとしているようです。

 

私は長く看護師をしていましたので、見取りもしてきました。おそらく一般的な人よりは死を多く見てきたと言えるでしょう。

私にとって死はとても身近です。

自分が大きな病を患っているからですし、看護師が仕事であったからこそ客観的にとらえるものであります。スピリチュアリスト だからこそあの世はあって然るべきもの。すぐ隣にあると感じています。

 

いつも考える必要はないかもしれませんが、自分の中に死生観を持つことは人生観つまりは生きることをどうするかということを知ることでもあるのではないでしょうか。

 

在処の講座・セミナー

 

すべては理から始まる。

正直で誠実であるためには、まずはルールを知ることから。
あなたが知っている、
わかっていると思っているあの世のことは
この世の都合や、不安や恐怖であなたを騙し
縛るためかもしれません。

自由にあるために
スジの通ったルールを学びましょう。