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親が嫌いで何が悪い

2020/10/09 親が嫌いで何が悪い

はい こんにちは

みなさん たましい磨いていますか?

経験値ためて 直感上がってますか?

 

 

台風が来ているのに、ずいぶんと寒いです。

雨が暑さに慣れた身体に滲みますね。

この台風が過ぎると、季節はまた少しすすむのでしょうか。

 

 

母ではなくなった母

 

実家の母の認知症がだいぶすすんで来ています。

毎日電話で生存確認していますが、一緒に住む弟と近くに住む妹が世話をしてくれています。私が電話で知る母の様子よりも、実際はもっと狂気を孕んでいるようで、弟は「もう以前の母さんはいないと思っている」というほど。

 

あらゆる知り合いに電話をしまくり、それを覚えていないためにそれを繰り返し、近所で世話好きすぎて面倒がられているおじさんにすら、ウザがられる始末です。

 

元々あまり共感性がなく、自分中心か他人軸で物事を考える人で、私たちにはよく

「どうせお母さんは先に死んじゃうんだから」と

脅迫者と被害者のドラマを同時に仕掛けていました。

 

さて、今はどうかというと「死にたくない」と言います。

人の生存本能は強固ですね。今まで散々私たちを脅してきたあれは、関心を引きたかったからと言えそうです。そんなことをしなくても、親子なんですから愛情を確認しなくてもいいのにと思いますが、母は幼いときの境遇がかなり特殊なので仕方がなかったのかもしれません。

 

私はずっと母を好きにならなければいけないと思ってきました。

 

父が早くに死んで、母子家庭でしたから私が母を支えなければならないと思っていました。しかし、母は私の日記や手紙を自分のもののように読みましたし、私が困っていてもそれを笑ったこともあります。一生懸命食べさせてくれましたし、お金を稼いで育ててくれたことには感謝していますが、その場の対処や周りの人にはよく見えるように振る舞うのに、家族である私たちには子供扱いするわりに、依存してくるのが苦しくて仕方がありませんでした。

 

今は母を一人の人間で、一人の女であると思って付き合うようにしてきて、別に好きにならなくてもいいと思えるようになったので、苦しさも半減しています。

別に母だからと言って、好きになる必要はいんです。

人として尊敬できなければ、私は好きになることはできないので。

 

私は、母のことは好きではないが、育ててくれたことには感謝しているし、母がいたからこそ私が息子たちに向き合う時、自分がして欲しかったことを全部彼らにやろうと思えたのだとおもっています。反面教師ですね。

 

親との付き合い方に、悩む人は多くいます。

どんなに自分が歳をとっても、いつまでも親と子の関係においては、子どものままでいるから苦しいままなのです。

親であっても一人の人間です。男であり女です。親には親の人生があり、ストーリーがあるはずです。いつまでも彼らを神にしていては、苦しいままです。

 

親からの自立には、人としてのリスペクトが鍵を握るのです。

 

自分の感情に真っ直ぐに考えること。

私は母を好きになろうとして苦しくてつらく悲しかった。

ならもう好きにならなくていい。そう思うと、心と思考がしっかりと一本になって、矛盾がなくなったから楽になったのだと思います。

 

あらゆることで、軸を持つことはこれからもっと大切になって行きますよ。