東京・八王子 魂の目的を知り 苦しみを生むこだわりの思考を思い変えて自分を生きる スピリチュアルと現実思考を組み合わせた思考解放カウンセリングの《アタラクシア》 仕事、恋愛、結婚、夫婦、子育てなどの悩みを解決へ導きます
  1. 気づきのブログ
  2. 梅雨子的スピリチュアルの話
  3. 美しいものを美しいというのに スピリチュアルはいらない
 

美しいものを美しいというのに スピリチュアルはいらない

2019/02/28 美しいものを美しいというのに スピリチュアルはいらない

はい こんにちは

みなさん たましい磨いていますか?

経験値ためて 直感上がってますか?

 

 

スピリチュアリストが言うことは
結局 主観です

 

スピリチュアリストって

いうことが

同じようで

ちょっと違いますよね

 

あれは

個人的な主観だからです

 

結局のところ

自分がどう感じ どう見えて

聞こえるのかって

人と同じとは限りませんものね

 

だから微妙に違うし

いろいろなことを言う人もいる

 

問題は

その主観を何でもかんでも

ファンタジーや

オカルトちっくに

表現するってことです

 

だから どんどん

あやしくなってくる

 

リアルをファンタジーとして表現すれば

それは 信用されなくなってくる

当たり前ですよね

 

なのに

あえてそうしているフシもある

 

私も

なんだそれって感じの

ことを言う人が

いることが

なんとも情けなくなることがあります

 

 

自然はただただ 美しい

 

よく 空を見上げて

雲の形が 

龍のように見えるとか

神社でハレーション起こしてる

写真撮ったりして

 

龍神が祝福しているとか

神に守護されているとか

いうひとがいるけれど

なに 特別感出そうとしてるの?って

思っちゃいます

 

雲なんて

いろいろな形になるし

とくに 上空は強い風が吹いてます

横に流れるなんてよくあることだし

レンズフレアとゴーストは 

写真を撮るとき

太陽にレンズを向ければ

普通によくおこります

 

それをなんで

わざわざ

スピリチュアルなものと

表現するのでしょうか?

 

龍のように見えるものを

龍だっていう

(ほとんどは勘違いだと思いますが)

 

いろいろ見えるって

特別ですものね

 

さぞや 気持ちがいいんでしょう

 

いちいち

スピリチュアル的なことにせずに

 

すてきな雲ね

きれいな光ねって

 

自然をただそこにあるものを

美しいとだけ

取ることはできないのでしょうか

 

美しいと感じることだけで

じゅうぶん

素晴らしいことです

 

それだけで

いいではありませんか