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自己承認欲求の行き着く先

2018/07/07 自己承認欲求の行き着く先

昨日の最大のニュースは

地下鉄サリン事件などを起こした

麻原彰晃を教祖としたオウム真理教の幹部たち死刑囚の

死刑執行でしょう。

 

彼らはまっすぐに

カルト教団の進む道を歩いて行って

終末思想を現実にしようと実行し

自分の命を死刑という形で奪われたわけです。

これで被害に遭われた方の代償になったのか?

ここのところはそうとは言えない気がします。

 

ある意味たった一人の

自己承認欲求の強い男の自分勝手な思想に

バブル経済の崩壊という物質的な価値観をぶっこわされた人たちが

取り込まれた結果だったのかもしれません。

 

20年も裁判で

どうしてこんなことが起きたのかと

原因究明をしてきたわけですが

結局だれもが納得できるような答えは

得られずじまいだったように思います。

 

彼らがどうしてあんなことをしてしまったのか

彼ら自身がわかっていないかもしれません。

終末思想を現実にしなければ

自分たちの存在意義を見いだせなかったのかもしれないし

教義や教祖への依存から

それらに認められるためにしたのかも。

 

でもこれって

今の私たちにも

大なり小なりあることなのではないかと思うのです。

 

スピリチュアルや占いに依存してしまうことや

親に認められるためにいい子になったり

子どもや社会に良い親だと思われることで

自分を立てようとしたり

 

結局私たちは

自分を認めてもらうことで

誰かに孤独を

埋めてもらおうとしているのではないでしょうか

それが高じて、こじれると

彼らのようになることも

あるかもしれません

 

特別って

気持ちがいいですもんね。

 

そんな自己満足プレイに終止符を打つのには

自分を自分で満たすこと→自利です

 

自己満足も自分を満たすことになっているような気がするでしょう?

でも

自利と自己満足には大きな違いがあります

それは「自信」が有るか無いか。

 

自分で決められないとか

わからないからとか

そういうのを他人任せにするのは

自分に自信が無いからです

 

自分は何が好きで何が嫌いで

こういう考え方を持っていて

という

考え尽くして自分を作り上げることを

していないから

そしてその確認作業をしないから

自信がもてないんです。

 

ありのままは

なにもないこととはちがいます

空っぽなことと 素直なことはちがいます

 

もっともっと

自分ってなんなのか?考えて

自分を作ってください

あなたの考えを

あなたの正義を

あなたの言葉を

 

なにもないのに

なんでもいいは ありません。